「サッカーには文学になったたくさんの孤独がある。しかし、本当に孤独なのは主審なのだ」

あのコッリーナが好きなダーヴィン・パストリンの言葉は、ある意味では「かくも多くの人が、かくも多くのことを、かくも少ない人に依存」するという特殊な状況を物語っている。

多くの人々に試合中の行動を監視され、批判される審判員という仕事は、その特殊な状況を日常としなければいけない。とはいえ、彼らはその特殊な状況に興奮を覚えているわけではない。ただ、単にサッカーが好きなだけというサッカー馬鹿の集団とも言える。

しかし、審判員に対し、敵対感情を抱いている選手やサポーターは多い。それは、スタジアムに足を運べば否が応にも感じてしまう。なかにはコミュニケーションをとろうとする主審を無視する選手や、試合前の審判員の紹介にブーイングを送るサポーターもいる。

他方で、「審判員も仲間」ということを態度で示す選手たちもいることを記しておきたい。続きを読む